この旅行、使った切符は青春18切符。
はじめはゆっくりのんびりと乗るつもりだったが、組んだ予定では、一気に乗ってしまう、という予定になってしまった。
そんでもって、実際には朝5時前に坂出を出発する快速マリンライナー1号で岡山に向かう。
実は、この前に丸亀の自宅に帰省したいたことは言うまでもない。
そして、向かったのは西日本の拠点都市の一つ、岡山。
岡山から伯備線普通列車の米子行きに数分で乗り換え、向かったのは新見。
新見で芸備線の普通列車に乗り換えて、そこから備後落合に向かう。
途中で、30分近くの停車に遭うが、そこから備後落合までの記憶がほとんどなかったりする。
そう、この日は朝早かったから、一気に寝てしまったのである。
備後落合からは三次行きの普通列車に乗り換える。
でも、前の眠りの余韻が残っていて、またしても寝てしまった。
気づいたら塩町。外を見ると・・・大学の友人のT氏がいる。
彼とはこのあとの小郡で待ち合わせていたのだが・・・話を聞くと予定を変更したらしい。
三次からはこれまた芸備線の普通列車に乗って一路広島を目指す。
車内は帰宅途中の高校生でごった返していたが、それでものんびりと過ごしているうちに広島到着。
ここで、T氏と別れ、可部線単振動の旅になる。
それにしても・・・可部までは住宅地、可部からは一気に山岳路線になるこの線、
面白いが、帰宅途中の高校生が鬱陶しい・・・普段は、いた方が楽しいのだが、
マナーも何もあったものではない、こういうのを田舎者というのではないだろうか・・・
速度の遅い列車に揺られて三段峡到着。ここで30分ほどあったので、橋まで行って帰ってくる。
雪が積もっていました。
三段峡からバスで帰ろうかと真剣に悩んだ結果、諦めて普通列車で広島に向かう。
午前中に寝てしまったので、全然眠れない・・・辛い・・・
なんとか、可部まで戻ってきて、そこから広島行きの普通列車に乗るが・・・
何でこんなに交換待ちが多いのだろうか。今まで様々な線を乗ったが、ここまでひどい線はなかった。
二度と乗りたくない、そう感じさせる。今、可部線の存続が話されているが、
こういうダイヤだと、乗客も乗らないだろう。
広島駅の新幹線側の出口から出て、格安チケットショップに飛び込み、
広島〜小郡、広島〜福山の新幹線特急券+乗車券を買う。
このとき、初めて新幹線回数券を使いました。
広島駅で「しゃもじかき飯」と「コイズミ学習ブック1巻」を購入し「こだま号」に乗車。
小郡で再びT氏と合流し、宇部線に乗車。途中から小野田線に乗車し、小野田線をこの日完乗する。
宇部まで戻ったあと、そのまま居能まで歩く。
居能で一晩過ごす・・・寒い・・・・・風が・・・
2日目 1999年 3月 4日(木)
居能での一晩、寒い・・・風が入ってきて・・・・
結局、あまりにも寒いので、宇部まで歩くことにし、途中でコンビニを見つけはいる。
コンビニでおでんやパンなどを買い、宇部駅から始発で山陽本線に出る。
そのまま厚狭まで行き、厚狭から美祢線に乗り換える。
厚狭駅は新幹線ホームがほとんど出来ていました。
乗り換え口を遮るものは扉一つのみ。
厚狭から美祢線に乗る。
気づいたら長門市の手前で、高校生がいっぱい乗っている・・・視線が痛い・・
無視して長門市発車まで寝ました。
そのまま仙崎まで行き、仙崎から折り返して長門市に戻る。
長門市で1時間近く過ごしたあと、益田に向けて山陰本線の普通列車に乗る。
山陰本線の車内で・・・腹をこわして・・・・・トイレでしばらく座っていました・・
益田に到着し、そこで駅弁と蕎麦を買い(美味しそうだったからつい・・・)、山口線へ。
さすがに山陰本線の中でも半分以上寝ていたので、もう眠くない。
山口線の車内、そして駅の作りなどは非常に綺麗にしていて、
SLが今にも走ってきそうである(事実走っているけども・・・)。
山口で小郡行きに乗り換え、ここもまた通学途中の生徒に巻き込まれる。
まぁ、のんびりと・・・ね。
小郡から山陽本線で徳山に出て、そこから岩徳線に乗る。
岩徳線の車内は・・・暇でした。混んでいたし・・・
しかも、途中で寝ていました。
岩国に着き、山陽本線で広島に出る。
広島からはまたもやT氏と別行動。私は新幹線で福山へ。
福山までは久しぶりの「グランドひかり 東京行き」。
この列車、新幹線の中では2番目に好きなのですね。
福山からは福塩線で、府中に向かう。
府中までは混雑した車内。府中の駅前にコンビニと本屋を発見。
ENIX系の雑誌、ガンガンで以前連載していた作家さんのサインを発見。
そうか、この人こんなところにいたんだ・・・・と納得。
府中で幾つかの本と食料を買ったあと、三次に出る。
三次でT氏と待ち合わせ、そのまま八次に出る。
今日はこの八次で寝ることになっていたのである。
3日目 1999年 3月 5日(金)
さて、寝ていました・・・でも、寒さで目が覚めてしまいました。
時間は午前2時。流石に辛いです・・・・あの寒さは。
このまま寝るとやばいかな、と思い、それからは起きている。
とりあえず、T氏も起きてきたので、二人で語っていると、怪しいおっさんが時刻を聞きに来る。
二人で、薄気味悪いので隙を見て外に出る。
このまま三次駅まで行こう、でも途中で店があったら入ろう。
ということになり歩く・・・・歩く・・・が、三次駅まで行ってしまいました。
でも、三次駅前でコンビニを見つけたので、暖かいものを買って、とりあえずしのぐ。
4時過ぎ、駅が開いたので一番にはいる。
待合室で一休みしてから、三江線の1番列車を待つ。
そして、ようやく一番列車がきました。
乗りました。
気づいたら江津駅でした。
全く記憶がない、というわけではありません。
途中乗ってきたおばあさんに席をあけたことや、隣りに小学生が来たというような
超断片的とも言える記憶はあります。
でも、それだけですね・・・・・・・
江津から山陰本線の列車で米子に向かう。
でも、列車の中で、また居眠り・・・・出雲市はほとんど知りません。
流石に途中からは起きていて、米子に着いてから、数分乗り換えで境線へ。
境線は混んでいました。でも、座れました(笑)
終点に着く一つ前の駅で大量に幼稚園児が乗ってくる。
まぁ、良いアクセントにはなりますね。
そして、米子に単振動で戻る。
ここから、今回は特別に特急を使う。特急やくも号です。
乗る前にギャグ王を買う。そして、乗車・・・
発車してから、ぱらぱらとめくると・・・・え、休刊???
ショックでした。はっきり言って・・・創刊から読んでいた雑誌が、旅先でこういうことを知るとは。
全く・・・・
まぁ、色々とありまして、新見についてから、伯備・芸備線で備後落合へ。
備後落合からは木次線。ここのスイッチバックも、車窓も非常に素晴らしいものでした。
といっても、途中から夜でしたけどね。
様々な駅で、人が入れ替わったりして、宍道到着。
この沿線の風景は何とも言えませんでした。特に、道路のループも見られますし・・
宍道から普通列車で米子。米子で鮨を買い、普通列車で鳥取に向かう。
この日は鳥取まで。でも、鳥取駅は「急行だいせん」が来るので、開いているのですね。
というわけで、駅内で一晩過ごしたわけです・・・
4日目 1999年 3月 6日(土)
えっと・・・・この日は・・・・
あ、そうそう、鳥取駅で寝ていました。
上の理由により、鳥取駅は深夜も開いているので、そのまま居座りました。
ずっと・・・・夜中も・・・座ったままでした。
完全な駅寝・・・って、寝ていませんけどね。
そして、始発がでる直前、駅員の方の好意で待合室を空けてもらえまいsた。
これで、暖かい部屋で・・・・寝そうになりました。危ない危ない・・
とりあえず因美線一番列車で南へ行き、智頭から岡山まで行く快速で岡山へ。
途中・・・・記憶が・・・・ほとんどありません。
気づいたら岡山直前でしたし・・・
で、岡山から伯備線普通列車で、新見に向かうが、途中で乗り換え1回・・・
で、乗り換えてから爆睡・・・車掌さんに新見で起こされました。
で、新見でかろうじて姫新線の列車に乗り換える。
ここからはしっかり起きていました。
車窓は・・・なかなか川に沿って、きれいな風景でした。
で、またもや津山から快速で岡山に戻る。
この車内で、クロスシートの向かいに座ったおじさんから新聞をもらいました。
これで、久しぶりにまともにニュースを読む・・・・
岡山からは山陽本線普通列車で三原を目指す。
三原までは結構な時間があり、CDを連続で聞く・・・
周りは女子高校生がいっぱいで、なかなかに騒々しいが、
方言が良い心地に聞こえる・・・方言を聞くのは好きですから・・・
若干の疲労を覚えて三原につく。ここから今回の乗りつぶし最終路線・呉線の普通列車に乗る。
ロングシートで・・・つらい・・・
でも、人が乗っていないので、比較的楽・・・か。
途中の糸崎から、快速列車に乗り換える。
これでずいぶんと速くつく・・・と思いきや、広島に1分ちょっと遅れて、タッチの差で区間快速を乗れず、
もう疲れてもいたので、そのまま旅行センターにかけ混み、新幹線で岡山に戻る。
岡山からは特急で丸亀へ。
ちなみに乗ったのは500系のぞみ。やはり500系は良いですね・・・
それで、丸亀に帰還。
・・・当分中国地方乗りつぶしはしたくないが、まだ山陰本線が残っています。
さぁ、どうしたものか・・・(今の予定では特急+寝台特急出雲号でつぶす予定ですけどね)